大切な人を失う恐怖から解放された?心配できる幸せは…

大雨

怖がりだったのは…

先日、ベッドに横になりながら

ひどくなる風の音を聞いていたら

ふと、思い出したことがあった。

 

夫と住んでいた、前の家は

知人から、直接借りていた一軒家で

家も駐車場も、広々としていて

住みやすかったんだけど

いかんせん、古くて…

 

強い風が吹くと、ガタガタガタガタ…

あちこちから、音がして

その音が、不安をあおり

大したことがなくても

いっつも、異常に怖がっていた。

 

夫がいたから、住んでいられたけど

ひとりになった今は、絶対ムリだと思う。

 

そんな家に、20数年住んでいたから

アパートに引っ越して、まず思ったのは

風が強くても…気が楽!(笑)

外の風の音はするけど

全然、気にならない(≧ω≦)

 

音の問題だけじゃない。

 

私は、自分のことを

とても怖がりなやつだと思っていた。

だけど、夫が死んでから

そうじゃなかったことに気がついた。

 

ひとりになってから

大雨の日でも、風が強い日でも

地震があっても、台風がきても

全く、気にならなくなっていた。 

大切な人を失う恐怖…

私が、怖がっていたのは

夫の身に、何かが起こること。

夫を失くすこと。

いなくなってしまうことに

脅えていたみたいだ。

 

今は…

大事な人がいなくなってしまったから

心配する相手がいなくなってしまったから

何が起こっても

もう、どうでもよくなっちゃったみたい。

 

それに気付いたら

いろんなことが腑に落ちた。

 

私は、夫に助けてもらうのがイヤだった。

「何かあったときは真っ先に逃げて」

と、いつも夫に言っていた。

もし、救助されるときがあったなら

「お願いだから私より先に救助されてね」

と、ムリなことを言って困らせていた。

何があっても、私を守ろうとせず

まず「自分を守って」って

ずっと、言い続けていた。

 

私のことを思ってくれるなら

私じゃなく

自分のことを1番に守って…と。

私も、自分の身は自分で守るからって。

 

自分が大切な人に守られて

その人が、自分の代わりに傷付いたり

怪我したり…

もし…最悪、亡くなってしまって

自分だけが残されてしまったら…

という恐怖が、なぜかずっとあった。

 

全く、そういう経験はないんだけれど。

 

大切な人を失う恐怖。

守られて、1人残ってしまうのが怖かった。

夫には悪いけど

私が先に逝ってしまいたい願望が

…ずっとあった。

 

だけど

結局、1人残されちゃった(・_・、)。。。

 

でも…

夫が死んで、ひとりになってから

とても気が楽になった。

 

…もちろん悲しくてしかたないけれど。

 

天気がどれだけ悪くなろうとも

世の中がどうなろうとも

もう、大切な人を失う恐怖に

怯えなくてもいい。

もう、夫の心配もしなくていい。

その点だけは、すごく気が楽になった。

 

…けど、それはそれで

ひどく、淋しいけど…ね。

 

絶対、今も…

生きていてくれて、心配できることの方が

断然、幸せに決まってるけどね。。

 

でも、もう誰かの心配はしたくないなぁ。

もう2度と、大切な人を失う恐怖は

味わいたくない。。

 

淋しいけど、もう失うことはないから

案外、気は楽だったりもするんだよなぁ。

 

…ちょっと強がりも入っているけど。。

 

あ~ぁ…

どれだけ強がってみても

やっぱり、寂しいものは寂しいよ。

あったかさを知ったあとの独り身には

とくに。。

この独特な孤独感は

やたらと身に沁みてくる…

 

とりあえず…

もう失うことのない

あったかいものってないのかなぁ

。゚(゚*′ω⊂ グス

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